北見 そこで聞きたいんだけど、澤野さんの言う「心地のいい音」でどういう音なの? 本の中では「ジャズの“間”に魅了されている」と語ってるけど、もっと具体的に言うとどういうことになるのかな。
澤野 ずっと聴いてられる音、っていうことかな。
北見 それはBGM的に、っていうこと?
澤野 BGM的にかけ続けてもええし、集中して聴いてもええというのが理想やね。
北見 なるほど。私がよく澤野工房の音を「間口が広くて奥行きが深い」と言うのは、まさにそういうこと。たとえば、セルジュ・デラートが(ミシェル・ペトルチアーニの実父であるギタリストの)トニー・ペトルチアーニ と組んだ『AVEC PLAISIR』が今でもよく売れてるという話を、こないだ稲田さんから聞いたんだけど。
稲田 通称「朝のセルジュ」と言われているアルバムですね。三部作の完結編。
北見 あのアルバム、私からすると少し退屈やねん。ライナーでは「これは21世紀の『UNDERCURRENT』や」と書いたけど、『UNDERCURRENT』で言うところの「MY FUNNY VALENTINE」に相当する曲がない。そこが少々物足りない。
澤野 僕は逆に『UNDERCURRENT』では「MY FUNNY VALENTINE」が一番退屈やねん。あれはエヴァンスの中でもあんまり聴いてない演奏やな。
北見 (膝を打って)なるほど。その違いは大きいね。
稲田 澤野さんと北見さんがジャズに求めるものの違いが、端的に出ましたね。
北見 あの「MY FUNNY VALENTINE」は、私にとってBGMになり得ないのよ。一度かかったら聴き込んでしまう。だから好きやねん。でも澤野さんがこの曲を退屈と感じる理由は正反対。BGMとして聴き流すには「心地よさ」が足りないということでしょ?
澤野 そうやと思います。
北見 でも『AVEC PLAISIR』がよう売れてるということは、澤野さんが「正しい耳」を持ってるという証拠やねん。つまり、BGM的な要素と、集中して聴ける要素のバランス感覚が絶妙やということ。私は後者を求める気持ちの方が優っているんだけど、サワノのファンと澤野さん本人の好みはもう少し前者に傾いている。
澤野 僕には特殊な才能があるわけじゃないし、北見さんみたいに自分の好きな音楽を表現する言葉をたくさん持ってるわけでもないけど、僕が「心地いい」と感じる音楽を同じように感じてくれる人が多いという自信はあるんです。
北見 ここまで話してきたことで明らかになったのは、澤野さんが「音楽を言語化する」ことに一切興味がないということ。
澤野 そうやね。文章書くの苦手やし。
北見 私は逆に、そこにしか興味がないねん。音楽は言葉にして表現することでしか「自分のもの」にならないと思ってるから。澤野さんはレーベルのプロデューサーでありディストリビューターだから、リリース自体が表現になってる。だから語らなくてもいいとも言えるけどね。
稲田 澤野工房の作品では、ライナーの持つ役割が普通のCDとは違いますし。
澤野 澤野工房のライナーが短い理由は本の中でも話してますけど、評論家さんの書く長い原稿をワープロで活字に起こすのがとにかく苦痛やったんですよ。だから今の600字のフォーマットになった。
北見 私もサワノのライナー、けっこう書かせてもらってるけど、自分の(ライナー)は香具師口上やと思っとるんです。「こういう切り口で、こういう聴き方をしたら、お代の分は損させませんよ」という。
稲田 澤野工房のCDはドイツでプレスして、シーリングされた状態で日本に送られてきますから、ライナーを封入するとなるとあのサイズが一番入れやすいんですね。そういう実務的な利点もあるんです。
澤野 でもお客さんがそのフォーマットや北見さんたちのライナーのスタイルを気に入ってくれはったからね。評論家の人やコアなジャズ・ファンは「制作の背景やミュージシャンのプロフィールは必要や」と言うけども、僕は「そこが知りたい人なら自分で調べるやろ」と思うんですね。