3. 澤野工房のファンとは

北見 そこで注目したいのが、澤野さんと澤野工房のファンの近似性ということなんです。澤野さんは本の中で「ロバート・グラスパーとかカマシ・ワシントンみたいな新しい文脈から出てきたミュージシャンの作品については、正直そんなに理解できてない」と話してるでしょ。澤野工房のファンにも同じ人が多いと思うのよ。澤野さんと同じで、ジタバタしない。

澤野 ジタバタしない?

北見 そう。さっきも言ったように、ジャズ・ファンはハードコアな人ほど「語る」ことに重きを置くようになりがちやんか。私もそうやけど、音楽の中に「文学」を見出そうとする。で、MJQあたりから入ってジャズの巨人たちの名盤を聴き進んでいくと、「音楽が文学」なのではなくて「文学が音楽」であることに気づくんです。マイルスやコルトレーンなんて、本人が自分自身の「物語」を紡いでるからね。つまり何が言いたいかというと、私みたいに語りたがりのジャズ・ファンは、作品とコミットするために「文学としてのジャズ」の行間を精読していく作業を必要とするのよ。それがジタバタするという意味。澤野さんや澤野工房のファンの多くは恵まれた耳を持ってるから、聴くだけでOK。語る必要がない。そのスタンスが「聴いて心地よかったらええやんか」というフレーズによって肯定、あるいは強化されている。

澤野 自分が恵まれた耳を持ってるとは思わへんよ。「普通」の代表やと思ってるから。

北見 だからそこが奇跡的に合致してんねん。澤野さんとお客さんがね。そんなケースって、ジャズの世界にはないと思うで。

 

(ここで稲田氏が遅れて合流)

 

稲田 どうもどうも。

北見 今しゃべってたのは、澤野さんと澤野工房のファンの感覚が奇跡的に合致してるよね、という話。

稲田 なるほど。

北見 稲田さんは作品の録音からパッケージのデザイン、オンライン販売の管理まで幅広く関わってるけど、そういう立場から見て澤野工房のファンってどういう人たちやと思う?

稲田 ありがたいことに、澤野工房にはナンバリングの順に出たものを全部買ってくださるお客さんが少なくないんです。でも、そういう方もあるタイミングで一度「ASナンバー(アトリエ澤野)は卒業」となる。たぶん「どれも一緒やん」と思われるんでしょう。確かにパッと聴くと、同じような雰囲気のピアノ・トリオが多いですから。

北見 本のインタビューでもしゃべったけど、「進化を拒んで約束を果たす」のが澤野工房の本質。お客さんがリスニング体験に進化を求めた時、一般的なASナンバーの作品に停滞感を覚えるのは当然かもしれへんね。

稲田 ところが澤野工房のお客さんは、そこで別のレーベルに興味が移ってしまうのではなく、スケッチやOTHER SERIESを聴いてくれるんです。その時に「あれ、こんなんも出してるんや」となって、新たな観点からASナンバーを「再発見」してくださる。買っていない間にリリースされていた(ロベルト・)オルサーや(アレッサンドロ・)ガラーティの作品を聴いて、「また新しいことやってるね」と。

北見 セルジュ(・デラート)や(ヨス・ヴァン・)ビーストといった「これぞアトリエ澤野」という保守本流がまずあって、それとは別にオルサーやガラーティという新たな流れもできてきていることに気づくわけやね。

澤野 自分の中で、作品の振り幅ってある程度決まってるんですよ。その幅はなるべく広く保ちたいと思ってるけれども、自分の価値観だけではどうしても偏ったものになってしまう。スケッチやOTHER SERIESの作品はそこを補ってくれるんです。本でも語っているけど「ウラサワノ」の部分ですね。中には出すのがコワい作品もあるんですよ。スケッチのアントニオ・ファラオとか「こんなん出して大丈夫かな」と相当悩んだ。結果的にそういう作品がある程度受け入れられたのは、やっぱりASという「オモテ」があったからやと僕は思ってるけどね。「オモテ」があって「ウラ」があるし、逆もまたしかり。

北見 グラスパーの話に戻るとね、私は彼のやっていることってハービー(・ハンコック)と同じ円周上にあると思ってんのよ。ただし、一周まわって同じところに戻ってくるんじゃなくて、ヒップホップ以降のイディオムの中で螺旋階段のようにぐるぐる回りながら上昇している。サワノはどうかと言うと、ぱっと見は同じところをぐるぐる回っているだけのように感じる(笑)。でもよく聴いてみると、オルサーやガラーティみたいな人たちが緩やかな螺旋階段を上っているのが分かる。「ジタバタしない」「語らない」の話で言うと、澤野工房の作品はそもそも語る必要がないと思うんですよ。特にASナンバーの作品は、「答え」がすでに提示されている。行間を精読しなくてもいいんです。

稲田 ただし、それがどう導き出された答えなのかという「式」が分からない(笑)。そこが面白がられるところだと思います。

北見 そもそも澤野さんは「グラスパーが分からない」のではなくて、グラスパーを……

稲田 分かろうとしてない。

北見 そういうこと(笑)。これもインタビューの中で言うてるけど、澤野工房が歩んできた20年という歳月は、ブルーノートに置き換えると1500番台のアタマから4000番台のケツまでに相当します。アルフレッド・ライオンはその間、「フリーもやろ、ファンクもやろ。それだけやと売れへんからジャズ・ロックもやろ」と、かなりジタバタしたでしょ。でも澤野工房は「お約束の安心感」で通してきたわけ。

稲田 ネタバレの安心感というか。

北見 そう。それが私の言っている「進化を拒んで約束を果たす」という言葉の意味なんだけど。そういうレーベルの本が、語りたがりの巣窟と言っていいディスクユニオンから刊行されるという現象がまた面白い。どういうふうに受け止められるのか楽しみやね。

澤野 コワいこと言うなぁ……(笑)。

 

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