第四部 INTRODUCING……

ナゾのレコード会社「ページワン・レコード」。

名前を聞いて、「ああ、知ってる」という方がいればそれはマニアというか……偏ってるというか……もしくは余程の物知りということになるだろう。

ジェリー・ティーケンスというプロデューサーがオランダでCriss Crossというレーベルを80年代初頭に起こしている。当時の「スゥイング・ジャーナル」をお持ちであれば新作レヴューのページでそのリリースが紹介されているのを見つけられるはずだ。で、問い合わせ先として電話番号とともに「ページワン・レコード」という名前が載っていることにもお気づきになることと思う。

このレーベルのレコードは所謂「直輸入盤」というやつで、オランダで製造したものを日本に直接持ってきて、そこに日本語のライナーノーツをくっつける形で店頭に並んでいた。「ページワン・レコード」は「日本に持ってくる」のと「日本語ライナーをつける」という仕事をしていた、つまりは日本におけるCriss Crossのディストリビューターだったわけだ。

このへんまで来ると話が見えてくると思うのだが、ご明察、「ページワン・レコード」とは澤野工房の前身だったのだ。

実際、そのライナーには「SAWANO」の文字を意匠化した(「S」のカーブ部分がグルグルのレコードになってるという……何というか、もうそのまんまやんけというイメージの)ロゴも印刷されている。

裏側を御覧いただきたい。当時の「ページワン・レコード」即ち「澤野商会」のレコードのカタログになっている。それぞれにつけられたキャプションがまたいい。いわく「涙がポロリ」「大ホームラン!」「もう言うことなし」「ハードバップの未来は明るい」といった衝撃的なフレーズが連なる。

これぞ誰が呼んだか「澤野節」と言われる独特のキャッチコピーなのだ。

もともと能弁でも器用でもない澤野由明という人物の、心の叫び、とでも言うしかない感情が炸裂しまくっている。まぁ、ジャズというジャンルでもなければとても成立しないことではあるだろうが、これにひっかかってCriss Crossのレコードを手にされた向きも少なくはあるまいと想像する。

それにしても、だ。当時からこの手づくり感覚。これはもはや習い性と言うべきものかもしれない。

Criss Crossのレーベル・カラーを一言で言うと「ハードバップの正統的継承」というところに落ちつきそうだ。あえてつけくわえなら積極的にブルーノートのエピゴーネンたらんとしたところがある。保守と前衛の振り幅の中で、両極端は切り落としたようなカタログ構成になっていて、それは今に至るも変わらない。

アーティストはヨーロッパ移住組を中心にしたベテラン勢と新人発掘の二本立てだった。

前者はジミー・レイニー、ウォーン・マーシュ、クリフ・ジョーダン、ジミー・ネッパー、デイヴ・パイクに珍しいところではジョニー・コールズetc。後者は多士済済だが、成功した一番手はのちにブルーノートで看板コムボOTBに抜擢されたケニー・ギャレットだろう。


 文字通り彼の初リーダー作である“Introducing”はベストセラーとなった。


また、このアルバムがあるからこそ澤野商会はCriss Crossに深く関わったのだろう。澤野らしい感覚というか、「演奏がよくて」かつ「商売になる」作品だったからだ(余談だが、彼のライブを聴きに行ったとき、これのジャケットに本人のサインを貰った。カタカナで「ケニーギャレット」と書かれたサインを。何が情けないと言って外国人タレントにカタカナのサインを貰うほど情けないこともない)。

少し脇道にそれるけれど、商売気(しょうばいけ)とヤマっ気(け)は別物だ。

商売になる、面白そうだな、と対象物を見る気持と、一発アテたろか、という閃き。ヤマっ気は意外性で勝負するとも言える。

澤野には、ヤマっ気というものは全くない。そういう要素があるなら、とうにオルガン・コムボに「踊れる」曲ばかり演奏させたものや、ピアノ・トリオにヴァイブのプラス・ワンでボサノヴァばかりやらせたようなあざといレコードを作っている、と思う。しかし、そういうことをして良いにも拘わらず現にやらないし、またやりそうもない。つまり、ヤマっ気を出すのは澤野らしくない、ということになる。

では、澤野らしさとは何かというと、それは「ケレン味がない」ということなのだ、と思う。何より今あるASナンバーの作品内容がそれを如実に証明している。ソフトであったり甘かったりというのはまさしく澤野のテイストとしてそこに見られるけれども、軟らかいなりにストレート・アヘッドである、というのがその特徴であるはずだ。最高速130キロ代のまっすぐしかないピッチャーだが、変化球もない。では何で勝負するのかというと、大抵気合だったりする。現役時代の星野仙一みたいなものか。

そして、それが変わらない。そこに一種の信頼感が生まれるということだ。だから、もしかしたらASナンバーに失望を感じることはあるにしても、裏切られたという想いは今後も抱けないような気がする。

そういうわけで、Criss Crossのレコードは澤野の好みと一致し、かつ商売気を刺激するものだったわけだ。この着眼はある程度まで正しかったし、またある程度までいい結果をもたらした。澤野の手を経て日本に紹介されたCriss Cross盤はかなりの枚数に上り、内容的にも捨てがたいものが多い。

一枚選べ、と言われたら個人的にはチェット・ベイカーの“Chet’s Choice”を挙げる。このことについてはこのコラムの一回目で既に触れているのでご記憶の方もおいでかもしれないが。

晩年のチェットと言えば日本の会社がプロデュースした作品で気の抜けたサイダーのようなヴォーカルを披露する一方、本職のラッパではバラードにしか取柄のないような演奏ばかり残している。そんな中にあってはギターとベースという変則的なトリオで挑んだこのレコーディングは出色の内容だと思うし、音楽的な部分で言うなら彼のオールタイム・ベストのひとつだろう。それこそ、ケレン味なくストレート・アヘッドだ。ここでフィーチュアされたフィリップ・カテリーンというギタリストは知名度こそ今ひとつだが見事な演奏を聴かせてくれる。最近もフランスのDrayfusレーベルから聴き所の多いリーダー作を発表しているから、ギターの好きな方はチェックされてはいかがだろうか。

こういう作品はそれでなくとも見過ごされ勝ちだし、個人的な配慮で少数が流通するだけでは全く埋もれてしまった可能性もある。そう考えれば澤野あっての出会いだったとも言えるわけで、今更ながらに感謝したくもなる。

誰しもそうだと思うが、他人様が褒める「名盤」だけでなく、自分が「これはイイ」と感じられるものを発見できてこそ様々な録音を聴く醍醐味もある。そういう聴き方をする、あるいは、ジャズ・レコードについての自分のテイスト(これは単に演奏内容だけを言うのではなく、「モノ」としての形であるとか、作品の成り立ちであるとかいった要素に対するものも含む)に気づいていくきっかけになるような作品がある、と思う。

 “Chet’s Choice”はそういうレコードのひとつだったのだ。

 しかし、壁が立ちはだかるのは早かった。


当たり前と言えば当たり前だが、Criss Crossのレーベル側では日本での販売実績を考えてレコードを作っているわけではない。企業としてのリリース・プランに従ってどんどん作り、かつ世に送り出していく。

一方、澤野のほうでは内容の良し悪しはともかく、売れる売れないのばらつきは否応なくある。もちろん、どのレコードもケニー・ギャレットのような動き方をするわけではない。これは苦しいというものも出てくる。

それでも、契約の関係上、必ず一定量は受け持たねばならない。やがて売れるものより在庫のほうが多くなってくる。必然的に契約の履行は難しいものになっていった。両者の関係がとぎれるまでにそう時間はかからなかった。


 「エライ目に遭うた」


 澤野は一言で当時を述懐する。


それまで、自分のメガネに叶った作品をゲリラ的にリリースして成功を収めてきた澤野にとり、これは初めての試練だったし、また、飛躍のための梯子に足をかけてはずされたような体験だったろう。

確かに、安定感のあるレーベルから独占的に作品の供給があるということは魅力的な選択肢だが、よほど企業としての体力、資金力がないと危うい面の方が大きい。資金力?冗談ではない。そもそもは道楽でやっていることなのだ。

ここで澤野は一回転んだ。が、転んでもただ起きてこない、これが商売人の商売人たる所以でもある。


 思うに、澤野工房の一方の生みの親はこのときの経験ではないか。


ネガな結果からポジな教訓を掴み取る、これ成功者たらんとするための必須条件だ。ここから、澤野は「自分が納得できないレコードを出さないで済むやり方」を身につけたと思われる。

要点はひとつだ。人任せにしない。いかに優れたプロデューサーでも他人は他人。それが「これはイイから」と言ったところで意味はない。自分が聴いて「イイ」と思わないかぎりは。しかし、それをしようと思えば当然手間ひまかけなくてはならない。未知のものを探し求める探求心、根気に加えて様々なまわり道を通る時間も必要になる。


 「上等やないの、とことんやったらエエモン見つかるがな」。


 そうしてASナンバーへの助走は始まったのだ。


北川潔のアルバムが世に出ることになって、そのサイドメンとしてケニー・バロンがASナンバーに初お目見えした。

このピアニストは近年評価が定着したけれど、キャリアはもう随分長い。デイヴ・バーンズのヴァンガード盤でピアノを弾いているから、丁度キース・ジャレットとかチック・コリア、ハービー・ハンコックと同じような世代になる。

しかし、ビッグネームになることなくこつこつと活動を続けたこの職人肌のピアニストは、気がつけば「隠れた巨匠」になっていた。近年Reservoirレーベルで録音したトリオ作品とか、最近自ら率いるクインテットでの演奏は派手とは言えなくとも最高レベルの逸品であることは間違いない。>

(少し私事を話す。インターネットの通販で内容をよく確かめずにCDを購入すると、既に持っている音源とダブっているというミスを粗忽ゆえときどき犯す。ゲッツのライブ音源のバラード集ということで入手した“Cafe Monmartre”もそういう例のひとつなのだが、これはケニー・バロンをピアニストとして従えた最晩年の楽旅からのコンピレーションだった。ダブっている部分はゲッツ=バロンのデュオ・ライブ、“People Time”からの音源。もとになった方は10年少し前にフランスのエマーシーから出た2枚組のCDで、当時日本盤もあった。これはとてつもなく素晴らしい演奏を収めたもので、逝去する少し前の録音ということもあり、ゲッツの「白鳥の歌」と言いたいほどの内容だ。ここでのバロンを聴くとその美質が一気に感得されるだろう。もし、未聴の方がおいでならコンピレーションの方でお聴きになるといいと思うので老婆心ながら紹介しておきます。大げさでなく究極のバラードが楽しめますよ。)

実はこのバロンもCriss Crossを通じて澤野とは因縁があるのだ。

彼の数少ないリーダー盤、“Green Chimneys”がそれだ。これまたいかにも「らしい」というか非常にストレートで充実したトリオ演奏が収められている。内容的に言うなら明らかにアンダーレイティッドな一枚だし、Criss Crossのカタログにあっても優秀な作品と言える。

しかしながら。これも案に相違して思ったほどは売れなかった。

原因は何だろう。澤野が冷静に分析する。

「このジャケットの顔が……キース・ジャレットの顔やったらもっと売れたと思うんやけどなぁ」。

そう、ジャケットにはバロンの顔がひたすら大きく写っているだけなのだ。せめてピアノに向っている写真ででもあったなら……。はっきり言って髪の薄いただのオッサンの写真では内容を想像することさえ難しいのだ。

多分、ここからも澤野は教訓を引き出したに違いない。

そのお蔭で今日あなたが手にする澤野工房のCDジャケットは垢抜けしている、というわけだ。

本当かな?

<文 / 北見 柊>

 

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