中では既にヴィレ・トリオがリハーサルをしていた。4時から5時45分までが彼らの持ち時間だった。ミラバッシのリハには間に合わなかったが、気を取り直してカメラを取り出す。私たちのほかにもプレスやカメラマンが彼らの周りを取り囲んでいた。少し遠慮気味に写真を撮る。演奏曲はさっぱりわからない。渡仏前にアルバム3枚プラス、フェルレ・ソロ1枚の計4枚は聴きこんできたので、もしや1月に録音したという最新アルバムの曲か!?
ちょうどそのとき、舞台の横からリハーサルを終えたミラバッシが会場を去るところに遭遇した。昨日のライブの後、メンバーと大吟醸を飲みきったらしい。長距離移動ありの2日連続公演とは大変だなと思ったが、ミュージシャンはタフでないと務まらないのだろうか。ミラバッシに昨日の疲れは見えなかった。
ひと段落着いたところでメンバーに挨拶。フェルレと握手するときに「アンシャンテ(初めまして)」と言われ少しへこんだ。実は会うのは3回目なのだ。1回目が2002年の日本でのコンサート、2回目が2003年のパリでのライブDVDの撮影時。次こそは、初めましてと言われる前に「サフェロンタン(おひさしぶりです)」と言ってやる!と密かに決意。ってここに書いたら全然密かとちゃうやん。しかも次も初めましてって言われるの前提やし。
4時半頃、フィリップ・ギルメッティーが到着。トリオと握手を交わす。そして、開演20分前に開場。客席に番号は振ってあるが、自由席だ。観客はあせらずより良い席を求めて移動。大人だと感心することしきり。私たちといえば、リハーサル時点から会場内にいたので、そのまま最前列ほぼ真ん中の席を取ることが出来た。開演までに埋まった席は8割ほどか。
初めに司会が登場し、スケッチ・レーベルの紹介、オーナーのフィリップについての話がされた。そのあと3人が舞台に現れた。
1曲目はヴィレのソロから始まる、未発表曲「Ascendant vierge(アサンダン・ヴィエルジュ)」。ヴィレ達を後ろから照らす青い光。弦が幻想的だ。ちょうど逆光のような状態で、よく見えないので余計にその思いが増す。フェルレが立ち上がりピアノの弦を爪弾いていた。曲が終わると、ヴィレのMCに入る予定だったのだが、会場の拍手がなかなか止まず、本人は少し困惑しているように見えた。
MCの後続けて2曲が演奏された。ヴィレの紹介で「〜エスカルゴ」「〜バーグ」というのは聞き取れたのだが、細部分からず。後日、フィリップに聞いたところ、「Le tambour de l’escargot(ル・タンブール・ド・レスカルゴ)」「Les idees vagues(レ・ジィデ・ヴァーグ)」と判明。フランス語に限らず、外国語の聞き取りは難しい。
演奏中は拍手が出来ないような、一瞬たりとも気が抜けない空気が会場を支配していた。完成されすぎていて拍手が邪魔になるんじゃないかと。そのかわり1曲終わるごとにものすごい拍手が。ヴィレがMCに入れないくらい長く続く。2年前にDVDの撮影に同行したときはライブハウスで、ホールでのコンサートを見るのはこれが最初だ。2002年の来日コンサートで大阪・東京ともトップを飾ったヴィレ・トリオ。会場で招待客受付と当日券の交換をしていた私は開演後もしばらく持ち場を離れられなくて、聴くことが出来なかったのだ。これは澤野工房スタッフ全員にいえることで、それぞれ違う理由で聴けなかった。
ライブハウスでの演奏ではソロパートが終わったときには拍手が入っていたので、この雰囲気には驚き。結局、演奏の最後まで拍手できなかった。すごい完成度だ。観客からも一瞬たりとも聴き逃すか!という気迫が伝わってくる。拍手の間演奏が聴こえなくなるのが惜しいといった、ほどよい緊張感が支配していた。
長い拍手の後のMCで、次の曲がバラードでヴィレが作曲したと言っていた(と思う)。曲名は「Le reve parti(ル・レーヴ・パルティ)」。ライティングが秀逸で、この曲のメモのところだけきちんと書いている。曲と本当にシンクロしていたのだ。ライトはオレンジ、円周を描く黄色の光軌が魂の飛翔のように思える。まさに夢の世界だ。3人には紫の光が当たっていた。
5曲目に移ったところでライトはオレンジ1色になった。5曲続けて未発表曲。来年頭頃に出る新作にはすべて入っているのだろうか。連続で曲名の分からない6曲目に入る前にまたMC。そして6曲目が終わった後のMCでようやくメンバー紹介がされた。次々と披露される新曲を耳にして、次回作が待ち遠しくて仕方がない。頭の中にあるタイトルだと断った上でヴィレが告げたアルバムの名は「L’indicible(ランディシーブル)」。言葉にできない(こと)、という意味だ。
続いては、フェルレのソロアルバム『PAR TOUS LES TEMPS』の1曲目「ping-pong」。トリオで聴けるとは!初めフェルレが立ち上がってマレット(木琴・鉄琴の音板をたたくばち)でピアノの弦を弾き、ヴィレもベースのボディを叩いてリズムをとる。アルバムで聴くと最初の部分がとっつきにくく感じるかもしれない。すわ「Qui parle?」(あの始まりの踏切のような音がどうにも苦手)か?と私などは倦厭しそうになったが、途中からメロディの追いやすいきれいな曲になるので早合点は大損な曲、その名は「ping-pong」。当然、ソロバージョンとはアレンジを大きく変えてきているので、比較して聴くとより楽しい。あぁ、うまく言えない。まさに「L’indicible」というところ。この曲が最後で、ヴィレ達3人は舞台から退場。会場が割れんばかりの拍手。振り返ると満席で立ち見も出ている。客席から立ち上がって手を叩くお客さんもいた。アンコールで3人が出てくるまで、観客は全くだれることなく待ち続けた。
アンコールは「derive」。「深化、進化」。ライブ中ペンを走らせたメモ書き。
昨年12月にリリースされたといっても『Autrement dit』の録音は2002年の11月。2003年にDVDが撮影されたが、残念なことにまだ日の目を見ていない。少数の関係者以外、時は2002年の冬で止まってしまっている。ヴィレの新作が出なくなって久しいが、その間彼らは停滞などしていなかった。始まりこそおなじみのものだったが、途中からもう、「前のderive?そんなの古いよ」とでも言いたげな3人の演奏に目も耳も釘付け。アントワンの激しいドラム、ここでも立ち上がって弦を弾くフェルレ。それでも誰か一人が突出するということはない。三位一体というトリオの本質はそのままに、演奏は凄みと深みを増していた。客席も息を呑んで聴き入っている。終わってほしくないけれども、最後にテーマに戻ってきてfin。一呼吸おいて、轟音といっても差し支えの無い拍手。たくさんの席の跳ね上がる音。私たちも立ち上がって拍手した。手を叩きすぎて、感覚がおかしくなりつつあったが、そんなものはどうでもいい。
あちこちからブラボーの声。3人が舞台の前に進んできて肩を組んでお辞儀。100%聴衆となっていた私はここで仕事を思い出し、カメラで3人を撮影。3人が舞台を去った後も会場は鳴り止まない拍手に包まれ、実に9割が立ち上がっていた。演奏中できなかった分もこめてあるのだろうけれど、皆心から感動しているのだ。立ち去る客は誰一人としていない。なんでこれで終わりなんだ。もっと聴きたいんだ!そういう思いもあっただろう。そんな収拾のつかなくなった会場に三たび、ヴィレ・トリオが登場。再び客席に向けて深々とお辞儀をして去っていった。晴れやかな笑顔を浮かべて。こうしてヴィレ・トリオのライブは終わった。