早足で会場前に着いたのが3時10分。ところが入り口と書かれたドアに鍵がかかっている。近くを通りかかったスタッフに聞くと、入り口は別にあるらしい。20メートルほど離れたところから入るそうだ。紛らわしい。私たちのほかにも会場に入れずに困っているお客さんが数人いた。エドゥアール・フェルレのソロ・ライブが行われるCave(カーヴ=地下室、酒倉)は、名の通り地下にある会場の為、階段を下りていく。

半地下で壁面の上部の窓からかすかに光が漏れている。他の会場のように客席の明かりが落とされていない。間接照明の陰影が美しい。一段高くなっている舞台でフェルレが演奏中だった。最前列が空いていたので腰を屈めて移動した。隣の席はフィリップだった。人差し指を口の前に持ってくるジェスチャー。静かに、ということだ。会場の特性か、音がよく響く。演奏中はシャッターを押せそうにない。
次の曲が最後の曲で「Ping-pong」。機械を通さない生音で聴くと格別だ。予定終了時刻は3時15分だったのだが、この時点で20分を過ぎている。スタッフとのアイ・コンタクトで延長の許可が下りたのか、アンコールでもう1曲演奏してフェルレのライブは終了した。
4時半まで時間があるのと、名残惜しさで町中を歩きながら写真を撮る。テアトルまで戻ってくると、ちょうどライブが終わったところか人で溢れていた。入り口近くのCD売り場では販売員さんが孤軍奮闘していた。支払方法は現金、カードに加え、フランスでは小切手が使われることも多いので大変だ。見ていたところ、2枚購入すると公式CD2枚が付くようだ。
再びメニル・モンタンへと歩いていくと、サン・ピエール教会の辺りに人だかりができて騒がしい。何か向こうからやってくるようだ。角を曲がって姿を現したのは、昨日見たサンバ隊だった。パレードに観客が加わって、道は大混雑している。ついていきたかったがそういうわけにもいかない。人波を掻き分けて坂を下りジョン・テイラーのライブ会場であるメニル・モンタンへ。
途中で退場しなければいけないので、今回も出口近くに陣取った。会場は満員で、席に座りきれないお客さんは階段に座るか立ち見になっていた。リハーサルのときから感じていたが、ジョン・テイラーのピアノは澄んだ高音がとても綺麗だ。CDを聴いたときには気づかなかった。澄みきった水晶のイメージ。4曲ほど聴いたところで時間切れになった。出入りができるのが曲間だけで、演奏される曲が1曲あたり10分から15分と大変長いので仕方がない。
外に出ると送迎の運転手さんが既に待機していた。待ち合わせ時間きっかりに、講演を終えたフィリップが到着。楽しみにしていたジョン・テイラーのライブを見られなかった上にレーベルの破綻した話をしなければいけなかったので、意気消沈気味だった。

道路が空いていたため3分ほどで駅に着いてしまった。最後まで聴けたやん!と叔父と2人して憤慨したが後の祭り。パリ行きの最終便ということで、駅構内には列車を待つ人が多くいた。アナウンスで列車が15分ほど遅れていることが伝えられる。最後まで聴けたやんー!悔しい。帰りはカンではなく手前のリゾンという駅を経由して帰った。駅の前が牧場で羊がいっぱいいた。
列車の中で叔父から「フィリップに聞きたいことがあるなら今のうちに聞いておけば」と言われたので、深く考えずに「ジャケットのデザインはどういう時に思いつくんですか?」と質問した。スケッチのジャケットデザインはすべてオーナーであるフィリップの手によるものだ。あと、澤野工房のジャケットにもかなりの数携わっている。音楽を聴いたときに閃くとか、そういった答えを想像していたのだが一つ一つ説明してくれるらしく、取り出したスケッチブックの写真を指差して解説を加えていく。


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「Armistice1918」ビル・キャロザーズ (SKE333043/44)
フィリップ曰く、黒のクロスが30個、赤のクロスが7個あるが、黒は曲数、赤は演奏者の数を表しているのだそう。数えてみると黒は23個、赤が7個なのは、私のフランス語理解力が良くないせいか。合計すれば30個になる。 |


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「Itineraire imaginaire」ステファン・オリヴァ・クインテット (SKE333042)
真ん中の曲線で色が変わるが使われている5色は演奏者の数だ。この曲線はグランド・ピアノの曲線とばかり思っていたのだがそうではないらしい。あとで叔父に聞いたが覚えていないそうだ。 |


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「Par tous les temps」エドワール・フェルレ ピアノ・ソロ (SKE333041)
3色で色分けされた4列22行のマス。4×22=88。そうピアノの鍵盤の数だ。青が黒鍵でピンクが白鍵だそうだ。では黄緑は?黄緑色の鍵盤を押していくととある曲の一節になるらしいのだが、その曲が何なのかは分からなかった。 |


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「Empreintes」ブルーノ・アンジェリーニ・トリオ (SKE333037)
9マスは曲数の9で間違いないが、3色はトリオだから3と思うのは甘い。フィリップはジャケットを指差して、ソロ・トリオ・デュオ・トリオ・トリオ・トリオ・デュオ・トリオ・ソロと早口言葉のようにスラスラと言った。緑がソロ、茶色がトリオ、オレンジがデュオでの演奏なのである。気づかれた方はいただろうか? |


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「Insight」ジョン・テイラー ピアノ・ソロ (SKE333035)
ここで描かれている楕円の総数は88だそうだ。普通数えないと思う。帰国後数えてみたが、毎回数が異なって疲れてしまいあきらめた。88に対するこだわりは他にマーク・コープランド「Poetic motion」(SKE333020)【試聴・購入】の星の数にも見られるそうなのだが、こちらは何度数えても88を超えてしまう。お手元にお持ちの方はぜひ一度数えてみてください。 |


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「Etant donnes」ジャン・フィリップ・ヴィレ・トリオ (SKE333025)
タイトルも謎なのだが、私にとって一番の謎は中に何故チェス盤が描かれているかだった。これはタイトルと密接に関係していて、アルバムのタイトルはマルセル・デュシャンの遺作「Etant donnes: 1.La chute d’eau, 2.La gaz d’eclairage(1.落ちる水、2.照明用ガス、が与えられたとする)」からとったそうだ。マルセル・デュシャンはフランス出身で、のちアメリカで活躍した美術家であり、チェスの名手としても有名だったらしい。 |
ちなみに帰国後、「SO IN LOVE」ロバート・ラカトシュ・トリオ(AS048)【試聴・購入】のジャケットデザインをめぐってバトルが繰り広げられるのだが、それはまた別の話だ。第4案が現ジャケットだが、没案もしっかり中の盤面に使っているあたりはさすがフィリップである。
パリに着くのは夜の10時過ぎ。車内販売等はないので昨日スーパーで買ったりんごをかじる。叔父とフィリップは話すことがあるらしく、空いている別の席に移動していった。私は翌日パリを発つので、最後に友人Yに電話をした。彼女はライブを見て以来すっかりミラバッシ・ファンになっていて、すぐさまCDを買いにいったそうだ。私の一押しは「AVANTI!」だったのだけれど(「DAL VIVO!」は日本限定発売なのでフランスで買うことはできない)店頭に在庫がなかったため「ARCHITECTURES」を購入とのこと。スケッチ経営破たんのあおりで追加プレスができなかったため、多くの店で在庫切れが起こっているらしい。Yは「パリにいる間、ミラバッシのライブを追いかけるわ〜」と言っていた。うらやましい限りである。帰国後のメールのやり取りで感想を聞いたところ、白く細い指がきれいだったそうだ。
パリのサン・ラザール駅に着いてメトロに乗り換え、途中でフィリップと別れた。同じホテルに戻ってきて、帰る準備をする。昨日までと違い、静かすぎる夜だった。
5月8日(日)〜5月9日(月)
今日は第二次世界大戦終戦記念日で祝日である。仕事が休みのいとこと叔父に空港まで送ってもらった。空港に着いたのは出発の3時間前。早めにチェックインを済ませ、2人にお礼を言って別れた。半日以上のフライトを経て帰国した時には、時差の関係で9日の昼になっている。関空からそのまま職場に直行したが、眠れなかったせいでほとんど仕事にならなかった。
約1週間のフランス滞在はこうして終わり、あとは滞在中のレポートを書くのみとなったのだが、それもようやく終わりだ。
またフランスに行きたいのだけれど、2年は無理かなぁ……。パリのジャズ・ライブ巡りと題して旅行を企画して、参加者が集まったら行けるかなぁ。どないやろ? (完)