「HPの容量がでかいからなー」と澤野氏は言った。いらんこと書いてええんやったらそれ埋める手伝いしょうか?とこうなった。従ってこの文章は毒になってもクスリにならない偏見に満ちたことを書いてある。あらかじめお断りしておく。
とは言っても第1回目から好きなゴタクを並べられるほどの厚顔ではない(実は小心者だったりするし) ので今回は澤野ヒストリーとでも言うべきものを少し披瀝しようかという段取りだ。
GRAND ENCOUNTERというタイトルはビル・パーキンスのベスト・プレイ(そうでないとは言わせん)を収めたパシフィック盤とは何の関係もない。ここで言う「大いなる邂逅」とは澤野氏とかくいう私の出会いのことだ (どこが「大いなる」や。)
私は大阪は新世界というところで仕事をしているが、ここがかの澤野商会のお膝元であるということは知ってる人は知ってるが知らん人はまるで知らんでしょう。私も知らなんだ。
かれこれ20年近く前になるか。新世界市場の入口に「老舗さわの」なる看板を掲げる履物屋がある。そこのお店の副業がクロネコヤマト宅急便の代理店。仕事柄、そこにはよく荷物をお願いしに行っていた。やたら愛想のいいお店やな、とそれだけが印象だったのだが、あるときいつも通りに荷物を持っていったと思われたい。そのときのことだ。例によって愛想のいいにいちゃんの足下にダンボール箱がおいてあり、その中にぎっしりとアナログレコードが詰め込まれてあるのを見つけた。
当時の私はレコード・コレクターとしては番茶も出花というところ。CDというものがチラホラ出現していて、マイルスのMY FUNNY VALENTINE がノイズなしで聴けるからスゴイぞ、とかブラウニーのエマーシー盤がデジタル・マスタリングで生まれ変わったぞ(ホンマか)てな話が期待こもごも囁かれていたような時期だ。どこのレコード屋に行ってもきっちりと「レコード」が置いてあった。いい時代だ。日本盤の相場が二千円から二千五百円。これも知ってる人は知ってるだろうが知らん人はまるで知らんだろう名物男・渡辺吉男が開いた鰻谷の「MUSIC MAN」では中古新品同様が平均千と三百円。なけなしの金のほとんどをそこにつぎこんで、ボーナス時期のバーゲンともなれば喧嘩腰で乗り込んでいた。レコードと言えばなんでも気になる時期だから、断りもそこそこにダンボール箱の中を見せてもらった。
あるわあるわ。古今の名盤がどっさりある。それも私の見知った日本盤とはジャケットの造作、質感まるで違う。これは・・・・・・と見上げた私の顔を見て澤野由明ニヤリとしたかせなんだか。
「オリジナル」と一言。
その一言はシナイ山上のモーゼに与えられし十戒の如く私を戦慄させた。そしてのちの私の経済生活を困窮させる主因ともなったわけだ。考えてみれば罪なオッサン(にいちゃんから格下げ)ではないか。素朴な疑問。「なんで履物屋さんにジャズのレコードが・・・・・・?」それで初めて経緯を知るに至る。その箱はフランス在住の澤野氏の実弟・稔さんがヨーロッパで買いつけてきた廃盤だったのだ。
しかもフレディ・レッドのUNDER PARIS SKIES(ジャズファンは全て必聴の一枚)やジョルジュ・アルバニタスの3A.M、COCKTAIL FOR THREEを復刻した張本人がこの人(重量盤による復刻は二度目のもの)であり、マイナーな話題になっていたCRISS CROSSレーベルの日本におけるディストリビューターでもある、ということ。まさかまさかの展開だ。こうなると立場上旗本の次男坊が八代将軍吉宗だと分かった悪徳商人(?)みたいなもんだ。思わず「恐れいりました」となる。私はCRISS CROSSから出ているチェット・ベイカーのCHET'S CHOICEが大の愛聴盤だったからだ。
以後は弟子の末席を汚して色々と教えてもらっている。良き師というものは必ずふたつのことを教えてくれる。いいことと悪いこと。澤野氏も例外ではない。いいこと、とはジャズ廃盤、レア・アイテムの面白さ。これはなにせ奥が深い。悪いこととはそれを手に入れるための艱難辛苦。これはなにせ底がない。
だいたいそれまで一枚新品二千五百円、中古千三百円で買っていた人間だ。それが蝦蟇の油の口上でもあるまいに、二千五百円が五千円、五千円が一万円、一万円が二万円、二万円が四万円、四万円が・・・・・・(コワイので以下省略)・・・・・・となってしまうのにほとんど時日を要さない。「え、なに、ネコのマクリーン10万? 安いやんか、それ」こんなんマトモな人間の言うことか? この際はっきり言っとくが廃盤コレクターなどというものは断じて外道の集まりだ。ロクなもんじゃない。私もその一員だが。
そもそも故・油井正一大先生曰く、レコードは複製芸術であるによって版を重ねても変わることはない。従ってオリジナルに拘ることには意味がない。ふむふむ。もっともなオコトバだ。しかし、これは日本盤の新譜を紹介することで紙面を成立させている雑誌上での発言であることは憶えておく必要がある。だってウソはいけない。オリジナルの音と日本盤の復刻ものの音は基本的に「どこまでオリジナルに迫れるか」という世界なのだ。おなじアメリカ盤でもスタンパーの劣化が不可避であってみれば、セカンド・プレス以下は音が変わって当然なのだ。論より証拠、新品同様のオリジナルと日本盤を聴き較べていただければ誰にでもわかる。これはシステムによってどうこうなるものではない。ちなみにソニー・ロリンズのサキコロ。オリジナルとフランスのバークレイ盤は同じスタンパーだが音は全くちがう。
私が澤野氏から受けた衝撃の第二弾はお宅に伺ったときだ。まず玄関を入るといきなりレコード棚がある(お嬢さんの家庭訪問に来た担任の先生が「えーと、レコード屋さんでしたか」と言ったらしい)。現在はイギリスTEMPOレーベルのコレクターとして夙に有名な氏だが、その当時は何と言ってもBLUE NOTEの12インチだ。これはスゴイ。1500番台のアタマから4000番台のうしろの方までびっしりと並んでいる。まさにマニア垂涎。そして次の部屋にはカスタム・メイドの管球アンプと4チャンネルマルチ対応の巨大なスピーカーがある。先ほど「システムでどうこうなるものでは」と言ったが、こと同じオリジナルを掛けるとするならシステムの違いは大きく際立つ。ここで聴いたハトのサド・ジョーンズはたまらないほどの温かみがあり、結果システムについても私は貧乏するわけである。
誤解のないよう申し上げるが、これらの経験は全て私を豊かにしてくれた。貧乏はしたが損はしていない。
その当時の澤野氏はジャズ・レコードに対してはちょっと熱の落ちかけている時期で(CRISS CROSSからも間もなく撤退した。エリック・アレキサンダーやらビル・シャーラップやらライアン・カイザーがばんばん輩出した昨今のことを思うと今こそ澤野氏に扱ってほしくなるのは皮肉だが)、主な関心は廃盤の輸入販売だった。私も氏から何枚か分けてもらったがいつも「それでええのん?」というくらい良心的な価格だった。商売がヘタなのだ。そこがまた魅力なのだが。その点でも私はトクするばっかりだ。
以後、氏の情熱が復活するのはHUMの復刻からだ。ファンにとっては全く喜ばしいことだったと思う。そのHUMに見るように、オリジナルに対するリスペクトこそ、今日ピアノ・トリオ・マニアを驚喜させている数々のCDリリースに直結している。全ての原点はそこにこそある。
「澤野工房」がHAND MADE JAZZを謳うのは、まさにむべなるかな。数多あるメジャーに伍してサワノ・ジャズがチャート上位をにぎわせるのはほかにない魅力がそこにあるからだ。そしてその本質は、クサイようだが、ジャズ・レコードに対する愛情に他ならない。
私が知己を得て随分経つが、それだけはそもそもの最初から変わっていないのだ。また、それがある限り、ファンの期待が裏切られることはないだろう。